本研究は、近時わが国において注目を集めている信託の倒産隔離機能について、比較法の分析を踏まえた総合的検討を目的とする。本年度は、当初の予定通り、前年度に引き続いて19世紀中葉以降のドイツにおける「信託(Treuhand)」議論の展開について資料を収集し、分析を加えた。その成果が「受託者破産時における信託財産の処遇--二つの「信託」概念の交錯(4)」である。ここでは、今日に至るドイツ法の「信託(Treuhand)」概念の形成に決定的な影響を与えたと考えられるA. Schultzeの著作・論文の検討を通じて、当該概念の射程及び特質を明らかにし、これまでのわが国の学説の議論を相対化することを試みた。次に、イングランド法については、主として17世紀以降の裁判例を素材として、信託の倒産隔離機能に関する判例法理の形成・展開を分析・検討した。その結果、イングランド法のルールが、元来異なる文脈において形成された諸々の準則の複合として理解できることが明らかになった。また「信託(trust)」が法概念として形成された経緯についても、近時の文献を参考としつつ検討を加えた。これらの研究成果については、今後なるべく早い時期に公表する予定でいる。 平成19年度からの2年間の研究を通じて、わが国の信託法・信託法学説に影響を与えてきたドイツ法の「信託(Treuhand)」・イングランド法の「信託(trust)」について、両者の特徴及び相違を明らかにできたものと考えられる。今後は、ここで得られた知見をもとにして、これまでのわが国における議論に欠けていた諸前提を補う形で研究を続ける予定である。
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