本研究は、(1)船舶衝突事件における「過失」及び「過失と損害との因果関係」の立証のあり方、(2)船舶衝突債権の消滅時効の起算点の解釈の問題を課題に据え、船舶衝突法の一般不法行為法に対する独自性を探ることを目的とする。船舶衝突を規律する国内法たる商法の規定には不備な点が多い。よって、本研究を遂行することは、裁判実務および海運実務、将来の船舶衝突法制の検討に関して重要な意義を有する。昨年度は、特に(2)の課題についての資料の収集と検討を重点的に行った。資料の収集に関しては、国内の大学において資料収集を行ったが、この問題に関する論稿等が国内には十分には存在しなかったため、英国サウザンプトン大学に資料収集に出向き、資料収集を行うとともに、同大学海法研究所のNicholas Gaskell教授からも示唆を与えていただいた。収集した、わが国の文献、英米の判例および文献を参考資料として、検討を加えた結果、以下に述べる一定の考え方の方向性を見出すことができた。船舶衝突責任中、その過失および過失と損害との因果関係の立証については、一般不法行為の場合とは異なり、海上で生じることから客観的な証拠も乏しい場合もある。また、船舶は海上物品運送に用いられることから、商取引における迅速かつ画一的な問題解決の要請が働くものと考えられ、船舶衝突から生じた損害の賠償責任の帰趨は、なるべく早急に決せられることが必要である。このような点を考慮すれば、英国におけるprima facie case of negligence法理、来国におけるいわゆるペンシルヴェニア・ルールの存在意義を考慮した立証の在り方を検討する必要があるように考えられる。今年度は、昨年度の検討成果を踏まえ、この研究のまとめとして、(2)の問題について一定の指針を提示するとともに、(1)の問題をも含めて、船舶衝突事件の特異性について、論文としてまとめることとする。
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