本研究はアメリカ合衆国における政教分離原則をアメリカ合衆国内在的に検討することをめざしたものである。政教分離原則には、大きく分けて二種類の解釈がある。それは、第一に公的領域において特定宗派が杯利益を被ることを禁じるとする解釈第二に公的領域から宗教そのものを排除するとする解釈である。どちらの解釈を採用するかによって政治と宗教の関係性は大きく異なるごとになるが、両者はともに政治社会の「世俗化」を共通の前提としている。通常アメリカ合衆国においては、前者の解釈が有力と思われているが、近年のアメリカ政治にはそれだけではとらえきれない側面が強い。本研究では、「政教分離原則」という「特殊西欧的」な憲法原則そのものをアメリカ政治史の文脈から相対化し、「脱世俗化」という観点から「アメリカ合衆国の政教分離原則」を政治学的に構成することを試みた。上記研究活動を通して、アメリカ合衆国においてはキリスト教がやはり通常我々が理解している政教分離原則を「逸脱」するような存在であり続けていることを再確認することとなった。それと同時にアメリカにおいては、実はデモクラシーが、宗教が政治社会において暴走するのを抑制する機能を果たしているのではないかという視座を得た。これは西欧のリベラリズムの伝統的理解からは得られない視点である。しかしながらこれは必ずしも「アメリカの特殊性」を示すものではなく、非西欧諸国においてはむしろ支配的な現象なのではなかろうか。宗教の政治への関与そのものを回避することが、現実には不可能であることを受け入れるならば、「デモクラシーによる宗教の抑制」という可能性を検討することには意義があると思われる。アメリカのデモクラシーという古典的テーマが、政教分離原則という憲法学上のテーマに新たに政治学的理解を付け加え得る可能性があることを示唆したのが本研究の独創的要素であるといえる。
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