これまでに行なってきたインド、パキスタン双方の側のカシミール現地調査の結果の整理を進めるとともに、2008年秋に発生したムンバイ・テロ以降の印パ関係、カシミール情勢についての調査・分析を行なった。ムンバイ・テロ以降、印パの公式対話が停止し、二国間関係が冷え込むなかで、カシミールをめぐる民間交流(ヒト、モノの移動)も一時困難になった。にもかかわらず、これまでの4年半の和平プロセスの流れ自体が「逆流」することはなかった。カシミールをめぐる印パのトラック2対話は第三国などで細々とつづけられ、2010年に入るとパキスタンのみならず、インド側でも対話再開を求める声が強まった。そのことが、2010年2月の外務次官協議に結びついた。 もちろん、たとえ、今後政府間対話が正式に再開されたとしても、カシミール問題が解決される見通しは立っていない。しかし印パ間では、カシミールの重要性が次第に低下し始めていることは間違いない。とくにインド側は、「グローバル・プレーヤー」をめざすなかで、カシミール問題に拘泥しない合理性を示しはじめている。むしろインドがこだわっているのは、パキスタンにおけるテロ組織の根絶にほかならない。他方、元来カシミール問題の重要性をより主張しつづけてきたパキスタン側ですら、自らが治安と経済上の危機にさらされるなかで、これまでの傾向に少しずつではあるが変化もみられる。 カシミールの領土とアイデンティティをめぐる印ぱ紛争の意味合いが、今後も低下傾向をたどることに変化はないことが明らかになったといえよう。
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