本年度の研究では、第1に、そもそも、わが国において市場規律が機能しているのかどうかを検証しようと試みている。相互会社においては、株主が存在しないため、敵対的買収などが事実上不可能で、市場規律が機能しにくいことが指摘されている。そこで、本年度の研究では、株式会社形態と相互会社形態が並立していて、こうした市場規律の有無が顕著に現れる生命保険業に焦点を当てた分析を行っている。その結果、規制緩和以前は、相互会社と株式会社の生命保険会社の間に、生産性の差はなかったが、規律緩和以後は、株式会社の生産性と相互会社の生産性の差がはっきりする、すなわち市場からの規律付けが機能する株式会社の生産性が改善していることが確認された。つまり、市場規律が機能するためには、市場環境が競争的になっている必要があることが確認できた。研究の成果は、国際学会で報告し、論文を投稿し、現在査読を受けている。 本年度の研究では、第2に、買収防衛策に関するサーベイを行い、既存の研究が明らかにしている点、既存の研究が明らかにしていない点を整理している。その結果、買収防衛策を導入することは、一般的に株式市場での評価がマイナスであること、ただし、外部取締役が過半数を占めている場合は、株価にプラスの影響をもたらすことが分かった。つまり、わが国で買収防衛策の是非を考える場合にも、ある場合は買収防衛策の導入が企業の価値を高めるために望ましく、またある場合には、買収防衛策の導入が望ましくない可能性があることが明らかになった。すなわち、わが国では、どのような特徴を持つ企業の買収防衛策を規制し、また認めなくてはならないのかを研究する必要があることが明らかになったと言える。株式持ち合いと買収防衛策の関係など、今後のわが国における企業買収・買収防衛策の研究の方向性を示している点に、今年度の研究成果の意義がある。 今年度の研究では、市場規律の有無が、わが国でも実際に企業の行動に影響を与えるという事実を確認したこと、そして買収防衛策に関する議論を整理して、すでに明らかになっていること、そして今後行うべき研究の方向性を示している。今年度の研究成果は、わが国のコーポレートガバナンスにおいて市場規律が重要である可能性を指摘し、今後のどのような場合に、特に市場規律が有効であるのかを明らかにするべきであるという研究の展望を示している点に意義がある。
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