本研究の目的は、19世紀前半期における東部インド塩市場の構造と変容に関する実証的検討を通じて、植民地期南アジア現地経済のダイナミズムを明らかにすることである。本年度は、昨年度と同様に、在コルカタ西ベンガル州立文書館ならびに在ロンドン英国図書館において、イギリス東インド会社関連文書の調査・収集をおこない、以下の2点を中心に分析をおこなった。 第1は、昨年度に引き続き、燃料市場の問題である。昨年度は、19世紀前半において燃料多消費型産業である製塩業が燃料価格の高騰によって高コスト化したことを明らかにし、その要因として蒸気機関の普及と石炭供給量不足によって薪炭・藁市場を含めた在来燃料市場が逼迫していた可能性を指摘した。本年度は、こうしたマクロ・レベルでの燃料市場の動向を、イギリス東インド会社の河川用蒸気船に関する資料(Bengal Steam Proceedings)を利用して石炭・薪炭を中心に実証的に検討した。その成果は、ワーキング・ペーパーとして発表されている(研究発表参照)。 第2は、19世紀半ばにおけるイギリスからのチェシア塩流入問題である。本年度は、供給・需要面をより実証的に検討した。供給面では、主としてチェシア塩がアジアに市場を開拓した背景として、アメリカ・ドイツ塩業との競争があったことを指摘した。需要面では、東部インドにおけるチェシア塩市場を地域別に検討した。ベンガル塩と同じ煎熬塩であったチェシア塩は、チェシア塩以外の外国塩との競争によって生産量が減少しつつあったベンガル塩の代替品として、とくにベンガル塩選好が強い地域(東部ベンガル)で需要され、こうした需要開拓の背景には現地商人による塩種別のマーケティングが存在していた。この成果は、2009年8月5日に、第15回国際経済史学会(ユトレヒト)で発表される予定である。
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