研究概要 |
本研究の目的は、19世紀前半期における東部インド塩市場の構造と変容に関する実証的検討を通じて、植民地期南アジア現地経済のダイナミズムを明らかにすることである。最終年度である本年度は、これまでの成果を以下の4論文にまとめ発表した("Taste, Merchants and the Expansion of Global Trade: Competition and Changes in the Salt Market in Eastern India, c.1820-1860"、"Fuel Crisis and Conditions of Salt Workers in Early Nineteenth Century Bengal"、"Forged Salt Bills and Calcutta's Financial Crisis in the 1820sおよび「環ベンガル湾塩交易ネットワークと市場変容、1780-1840年」)。 本研究では、イギリスからのチェシア塩流入とベンガル製塩業の衰退に伴う東部インド塩市場の変容が、イギリス東インド会社の政策(塩独占制度)およびイギリス製塩業・海運利害の強さによってのみ引き起こされたのではなく、現地の経済的、政治的、文化的諸要因(とくに燃料市場、嗜好、塩種間競争、商家経営)を含む複合的な要因によって生じたことを明らかにした。具体的には、市場では煎熬塩であるベンガル塩が好まれていたが、その生産は、蒸気船導入や耕地面積の拡大、燃料消費産業の発展に起因した燃料市場の逼迫によって高コスト化し、チェシア塩流入以前に縮小していたのである。こうした中で、安価な南インド産天日塩ではなくチェシア塩が広く需要された要因は、政治・経済的圧力ではなく、主として、市場の嗜好と域内市場に関する情報を掌握し広域の流通網を構築していた地方商人の活動であった。
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