労務管理制度の研究は経済合理性の観点のみならず、時代性や社会的・文化的観点からもなされてきた。とりわけ、雇用関係に見られる日本的経営の特徴は後者の観点から強調されてきた。労務管理制度を導入する際の動機がその後の制度運用に影響を及ぼすと考えられるからである。しかも、その動機は構成メンバーに受容されなければ制度として成立しない。この点において、経営家族主義(paternalist firm)と呼ばれるイギリス企業に共通している点は、創業家が行ってきた労務施策を伝統として俸給経営者が受け継ぐことで、自らの権限行使の正当性を獲得する点にある。これに対し、日本企業に見られる経営家族主義の特徴はイエという概念に根差すものであった。したがって、paternalist firmにおける労務施策の動機の違いがその後の運用における相違をもたらした。イギリスでは伝統のもつ形式合理性に基づいて福利厚生は労働者の権利として要求され運用されて行った。これに対して、日本における制度の運用では対内的な上長への帰属意識に基づいて行われた。 他方、日英における労務管理制度の共通点は、流動性の高い労働市場および不安定な労使関係という時代状況において、企業内労使関係の安定化を図る意図があったという点で経済合理性に基づくものであった。すなわち、これらの日英企業は制度運用上の相違はあるが、内部化したヒトという資源の活用による競争優位の獲得という点では共通していたのである。 また、労働市場の比較のために行ったエンジニアのネットワーク研究では、日本のエンジニアの流動性が極端に低いというわけではないが、イギリスのエンジニアの高い流動性が際立っていた。したがって、労働市場の日英比較では市場志向的なイギリスと組織志向的な日本という通説を支持する結果となった。しかし、paternalist firmとされる個別企業の労務管理制度の日英比較では、制度導入時の動機の相違によるその後の運営上の差異と、資源蓄積による競争優位の獲得という共通点を導出した。
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