当期純利益を重視する立場と当期純利益を廃止して包括利益のみを業績指標とする立場との間でいかに調整を図るかは、会計基準のコンバージェンスをめぐる重要な論点のひとつである。こうしたことから、当期純利益と包括利益を比較する目的で、これまでに多くの実証研究が行われてきた。 本研究では、先行研究が明示あるいは暗黙のうちに前提としてきた、業績指標としての利益が備えるべき望ましい特性(利益の質)を検討した上で、それがどのような方法で検証されてきたのかを整理した。すなわち、利益の質およびその判断基準が先行研究ではどのように捉えられ、またどのような分析方法により測定されてきたのかを整理し、その上で、当期純利益と包括利益の利益特性の違いが財務報告の目的に対してどのような意味を持つのか、現在までに明らかにされてきた点を確認した。 先行研究では、多様な「利益の質」の定義およびその評価基準が存在するものの、それを考慮しても、分析の結果は、投資意思決定における有用性のみならず、利害調整機能の点からも、包括利益が当期純利益よりも「質の高い」業績指標であると主張するに足る首尾一貫した証拠を示していない。先行研究の結果は、その他包括利益項目の有用性は認めつつも、当期純利益を廃止し、包括利益のみを業績指標とする主張は妥当ではないことを示唆している。そのため、当期純利益を廃止するのではなく、リサイクリングを通じた当期純利益の維持を前提としたうえで、包括利益を開示することが求められる。 また、これまでの研究では利益、すなわちフロー情報の分析に焦点が当てられてきたが、ストック情報どの連携を考慮してフロー情報の有用性を検討することも、今後の車要な研究課題である。
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