本研究は、日本とドイツを対象として賃金決定ルールの変容とそれをめぐる労使紛争の実証的・理論的検討を行うものであるが、平成21年度においては、研究実施計画にもとづき、日本とドイツの賃金交渉の実態についての分析を行い、それをめぐる諸紛争について検討した。そこでの研究成果を以下の二論文にまとめた。 A「ドイツにおける賃金抑制の論理」(神戸大学大学院人間発達環境学研究科研究紀要に投稿)。 B「生産性基準原理をめぐる攻防線」(歴史評論2010年8月号に掲載予定) 論文Aでは、戦後(西)ドイツにおける賃金政策の動向について分析した。ドイツでは50年代から労働組合の攻撃的な賃金政策に対抗し、賃金上げによるインフレを防ぐためとして「生産性基準の賃金政策」(produktivitatsorientierte_Lohnpolitik)が使用者団体によって提唱され、60年代には政府の諮問機関である経済専門委員会によって精緻化されてきた。しかし90年代中盤以降、この生産性基準は新自由主義的な経済学者や、かつてそれを推進した経済専門委員会と使用者団体によって強い批判を浴びその見直しが主張されている。その基本的な論理は、生産性基準に則った賃上げは失業を増大させる、というものである。そこで、失業を減少させるために生産性率+物価上昇率を下回る適切な水準に賃上げ率を抑制しなければならない、という「雇用基準の賃金政策」(beschaftigungsorientierte Lohnpolitik)が提起され、九〇年代後半以降実践に移されている。 論文Bでは、日本の賃金政策について日経連の生産性基準原理を中心に検討した。1970年に提唱された生産性基準原理は、当時の春闘において労働組合が強い相場形成力をもったことへの対応であった。それは1975年以降の管理春闘のなかで定着をみるが、しかし90年代後半以降、新しい賃金抑制の進行とともに言及されることがなくなった。
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