本研究課題は、古くから知られているものの、末だその機序が明らかにされていない「過渡的明暗コントラスト誘導現象(Transient Luminance Contrast Induction ; TLCI)」の解明に向け、新たな洞察を得ることである。TLCIとは、細密な白黒線分で構成されるパターンを動かしたときに、パターンの一部の知覚的コントラストが強調され、パターンの運動に伴って強調された部分が様々に動揺して見える現像である。本研究では、多様な条件で観察されるTLCIに対する統一的な説明理論の構築を目指している。 研究の第2段階にあたる平成20年度は、前年度実施の心理学実験によって明らかにされたTLCI現象の時空間特性に関するデータに基づいて、計算論的モデルの構築を目指した。まず、心理学実験に用いられた白黒線パターンの刺激系列を入力画像としてモデルの出力を求めヒトの知覚特性と比較したところ、従来提唱されてきた中心軸変換に基づくモデルの挙動は、知覚特性とは一致しないことが明らかとなった。次に、網膜錐体細胞の時間応答特性を考慮した神経モデルの挙動について検討したところ知覚特性との良い一致が得られ、現時点ではこのモデルが最も有望であると考えている。ただし、このモデルは、錐体細胞の応答特性と知覚特性の対応を示すものではあるが、TLCIが生起する機序そのものに関する理論的枠組みを与えるものとはなっておらず、この現象を理解するための理論的枠組みを構築する必要があると考えられる。最終年度にあたる平成21年度には、この理論的側面の強化を図る予定である。
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