研究の最終年度である平成21年度は、昨年度に開発した過渡的明暗コントラスト誘導現象(TLCI)に関する計算論的モデルと、ヒトの知覚特性との対応関係について検討した。このモデルの本質は、刺激画像の時間的変動の持続時間と変動の間隔を計算するものであるが、モデルの挙動は、予備観察で得られたTLCIのパターンと良く一致した。さらに、この計算論的モデルは、網膜における光受容器(錐体)の動作特性に関するモデルとも一致するものであった。以上の検討を経て行った本実験では、被験者のTLCIに対する反応(形状の知覚)と、計算論的モデルの予測は良く一致することが示された。今回得られた計算論的モデルは、網膜の機能に関する新たな解釈につながるものである。具体的には、網膜は等方的な画像フィルターの集合であるとする従来の考え方に対し、今回のモデルは、眼球や画像が動く状況下では、網膜は非等方的なフィルターとして機能しうることを示唆している。即ち、運動の要素が加わった場合、網膜は多重空間スケールのフィルタリングや、方位選択的なフィルタリング、さらには運動検出の機能を持ちうる可能性を示すものである。この計算論的モデルは、従来明確な説明がなされて来なかったTLCIを説明しうる定量的なモデルであるだけでなく、ヒトの明暗知覚特性全般に関するモデルとなりうるものであると同時に、ヒトの網膜の機能について新たな解釈を可能とするものであり、今後の心理学的研究及び生理学的研究に新たな展開をもたらすものと期待できる。
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