本研究のねらいは、欧米成人教育を我が国で初めて本格的に受容し、組織的な社会教育事業を先駆的に開発した、という点で歴史的意義を持つ、戦前東京市の事例を実証的に考察することである。同時代の欧米大都市成人教育及び労働者教育の動向を視察・比較研究しながら、東京市が中心となって立案した代表的な社会教育事業は、「商工青年修養会」、「市民講座」、「労務者輔導学級」の三つである。調査初年度にあたる今年度は、東京市の社会教育に関する最重要の文書を確定しつつ、史料の重点的な調査・収集を実施し、三つの事業の構想・実施・改良過程の全体像を把握する基礎的作業を行った。 特に、「市民講座」(1924年開講)は、東京市の成人教育施策の中核的位置を占めることから、上記作業と並行し、その設立理念と活動の性格を分析した。考察の結果、戦前日本を代表する社会教育施設の一つである東京自治会館の教室・講堂を会場にあて、市内の多くの大学教員を招聘した、大学拡張的成人教育の特質を持っていたこと、また、「市民講座」会則の例外規定に基づく専門部制度を活用することで、対象拡大を目指す「水曜部」から、教育活動の卓越性を追求した「研究部」に至る、多様なコースの開発を柔軟かつ体系的に試みていたこと等がわかった。その際、池園哲太郎社会教育課長の貢献は大きく、社会教育の改革をリードした。 今年度の基礎的考察をふまえ、史料の調査・収集を引き続き進めるとともに、様々な担い手の論理の検討を深めて、各事業の発展の基盤となった理論的・社会的構造を明らかにすることを次年度の研究課題としたい、と考える。
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