平成20年度の研究実績は、以下の二点に集約される。 第一は、明治末期以降の聾唖教育の方法的整備における耳鼻咽喉科学の役割の分析である。とくに今年度は、九州帝国大学医学部耳鼻咽喉科学教室を検討対象とした。同教室は、1906(明治39)年4月に開設され、翌年2月にドイツ留学から帰国した久保猪之吉(1874-1939)を教授に迎えて以降、内外の耳鼻咽喉科学の拠点の一つとなった。 同教室が、明治末期から昭和戦前期における聾唖教育の方法的整備に果たした役割として、(1)「無響室」「声音言語障碍治療部」等の設置による聾唖や残聴利用についての基礎的・臨床的研究の促進、(2)臨床・研究上の知見に基づく、近隣の福岡盲唖学校の口話教育・残聴利用の教育との連携、(3)聾唖教育関係者への日本初の検査設備・機器の紹介という三点をあげることができる。 第二は、ドイツ共和国バイエルン州ミュンヘン市への訪問調査である。訪問目的は、東京帝国大学医学部耳鼻咽喉科学講座の主任候補として、1896(明治29)年3月から1899(明治32)年12月にかけて、ドイツ、オーストリアに留学した岡田和一郎(1864-1938)の足跡を辿ること、彼の留学先の一つであったルードヴィッヒ・マクシミリアン大学(ミュンヘン大学)での、ドイツの聴覚障害教育に関する史資料の収集、同大学の聴覚障害教育の研究者から研究助言指導を得ることであった。 ミュンヘン市での調査では、大学附属図書館、国立ミュンヘン図書館等において、ドイツ聴覚障害教育史に関する史資料を収集するとともに、上述の岡田和一郎に関する資料の所蔵を確認した。聴覚障害教育の研究者からは、史資料収集の場所や時期等について情報を得た。また、現代ドイツの聴覚障害教育をめぐる諸問題(とくに人工内耳に関わる)について情報を得るため、ミュンヘン大学医学部耳鼻咽喉科の医師と言語病理学者、また人工内耳装用児を育てる家族と、それぞれ面談をおこなった。
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