本研究ではブラックホール(BH)を構成する重力のミクロ状態が従う統計性(統計力学)を明らかにしたい。そのためにBHを熱力学系とみなした場合の状態方程式を精密に確立する必要がある。その状態方程式を再現する統計性を探ることで重力のミクロ状態の統計性を研究できる。ところで従来、宇宙にBHが一つだけある時空で、BHエントロピーが事象の地平面の面積の1/4倍に等しいという状態方程式(エントロピー=面積則)が得られていた。そして前の07年度に、地平面が2つある場合でBHエントロピーを見積もると、エントロピー=面積則が破れている可能性があることに気づいた。この計算にはBH時空の幾何学と熱・統計力学での分配関数の定義という2つの要素がある。当該の08年度には熱・統計力学の基礎論にまで踏み込んでBHの分配関数の定義を研究し、エントロピー=面積則が地平面の数によらない普遍性を持つかどうかを調べた。しかしBHの研究分野では、地平面の数に関わらずエントロピー=面積則が成立するだろうという予想が長年の共通認識だったので、これに反する結論が受け入れられるには時間がかかる。08年度には論文にまとめられなかった。一方、仮に地平面の2つの場合でエントロピー=面積則が正しいと仮定した場合に何が結論されるか、という研究も行った。何か矛盾が示せれば「エントロピー=面積則の破れ」のサポートになるからである。その研究成果は従来のBH蒸発現象に関する予想とは異なるものであった : 従来、地平面が1つの場合の研究で、BH蒸発を熱力学的に無矛盾に理解するには蒸発過程で放出される物質のエントロピーまで考慮しなければならない、ということが知られていた、しかし地平面が2つの場合にエントロピー=面積則を仮定すると、放出される物質は考慮せずともBH蒸発現象を熱力学的に無矛盾に理解できる可能性が得られた(09年に査読付論文として発表)。この結果が、地平面が2つの場合のエントロピー=面積則の敗れをサポートするのかどうかは、まだ判断できていない。この判断がつけば、先の本研究の示唆「地平面が2つの場合でのエントロピー=面積則の破れ」の妥当性が評価できると考える。
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