将来の正確な気候変動予測のためには高精度な海洋大循環モデルの構築が必要不可欠である。その際に最も重要な問題となるのが、大循環モデルで直接再現出来ないサブグリッドスケールの乱流混合過程の影響をどのように適切にパラメタライズしてモデルに組み込むかである。特に、海洋深層の等密度線を横切る方向の乱流混合過程はその強度の時空間分布どころかそのオーダーさえも完全には解明されていないのが現状である。この海洋深層の乱流混合過程は、潮汐や風応力フォーシングによって励起された内部波エネルギーが非線形相互作用を通じて内部波平衡スペクトル中を高波数域にカスケードすることによって引き起こされている。そこで本研究では、海洋内部波の普遍平衡スペクトルを形成・維持する物理機構を解明することによって、低波数域の内部波フォーシングと高波数域の乱流混合とを結びつける定量的な関係を求め、その結果から海洋深層の乱流混合強度のグローバルマッピングを行うことを最終的な目的とする。 まず本年度は、内部波普遍スペクトルの維持・形成機構を解明する第一歩として、そのエネルギー供給源として重要な役割を担っている内部潮汐波のグローバルな空間分布を調べた。まず全海洋で現実的な海底地形・潮汐流を考慮した高解像度(水平解像度1/15度・鉛直40層)3次元数値シミュレーションを実施した結果、(1)振幅の大きな内部潮汐波の励起は密度躍層の深度において急峻な地形変化を有し且つ潮汐流がほぼ直交して入射するような海底地形に限定されること、(2)顕著な海底地形の分布を反映して西部・中部太平洋や西部インド洋の内部潮汐波のエネルギーレベルが特に高くなることなどが示された。このことは、西部・中部太平洋や西部インド洋において乱流混合が特に活発に発生していることを強く示唆している。さらに、この数値シミュレーションの結果を、過去に様々な海域で行われた長期係留系観測で得られた流速データと比較することによって、励起された鉛直低次モードの内部潮汐波が約1000km以上も伝播しうることを明らかにした。このことから、全世界の海洋でスペクトルレベル・構造がほぼ一定となる内部波普遍平衡スペクトルが、限定された海域で励起された内部潮汐波がカスケードしながら長い距離を伝播して大洋全域にエネルギーを再配分することによって維持・形成されていることが示唆された。
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