本研究は、黒潮域と隣接する四国・九州沿岸域の流れの特徴や、その流れによる物質輸送について明らかにすることを目的としている。これまでに四国と九州の間に位置する豊後水道で実施された研究成果を踏まえ、本研究では豊後水道中央部に位置する下波湾において、船舶を用いた水温、塩分の分布調査、水温計、流速計、濁度計を利用した係留観測を実施した。また、昨年度までの調査結果を踏まえてセディメントトラップの設置と採泥調査を実施し、水中懸濁物や泥のサンプルを取得した。取得した水温、流れの観測データを用いて、混合期の海況に着目した解析を進めた結果、下波湾では表層では岸向き、底層では沖向きの鉛直循環流が形成され、海水交換を促進していることを明らかにした。同様の鉛直循環流は成層期にも一時的には確認されるが、混合期の方が長期にわたって継続的に発生する傾向があることを確認した。混合期の流れの形成機構については解析モデルを用いて検討し、この鉛直循環流は黒潮域に近い沖合と内湾との間で生じる密度差と、冬季の季節風の両方の効果によって形成されていることを示した。また、水中懸濁物と泥のサンプルの安定同位体比を分析し、その同位体的、化学的特徴を明らかにした。そして、流れのデータ解析とこれらの同位体比分析の結果から、内湾域の懸濁物が鉛直循環流によって湾外に輸送されていることを示し、混合期に形成される鉛直循環流が沿岸域の物質循環を左右していることを明らかにした。沿岸域の水質、底質の観測・研究は水質の悪化が表面化する成層期に実施されることが多かったが、これらの結果は成層期の環境だけでなく混合期の環境にも着目して調査することが大切であることを示す重要な結果となった。
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