20年度は前年度にスウェーデン南部、キンネキューレ南方から採取した岩石標本について処理をおこない、眼が保存された多くの節足動物化石を採集することに成功した。特にフォスフェイトコピナと呼ばれる節足動物には前方に立体視できる眼が一対確認できた。また、現生のカイアシ類によく似た節足動物の化石には前方に1つだけノープリウス眼のような眼が確認できた。また三次元的に保存された三葉虫類の複眼も多く発見することが出来た。三葉虫の複眼化石についてSEM観察し、三次元座標データを取得する予定であったが、前所属機関(京都大学)の耐震移転工事に伴うSEMの廃棄にともない、SEM画像の取得が困難となってしまった。この研究については現在も中断したままになっている。一方、フォスフェイトコピナの化石には眼の化石のほかに殻表面が強い金属光沢を放つという光学的な特徴がある。これは現在の魚類の闘争にしばしば使われている光反射攻撃に類似する物がある。そこでフォスフェイトコピナの殻の断面をTEM観察することを試みた。フォスフェイトコピナの殻はリン酸塩鉱物から構成されているため、このままではTEM試料として扱うことが出来ない。そこで、フォスフェイトコピナと同様の金属光沢をもつ、国内産の昆虫化石(ハムシの仲間)の鞘翅について TEM 試料の作成と形態観察を試みた。その結果、鞘翅内部に厚さ100〜200ナノメートルの電子密度の高い層と、厚さ50〜150ナノメートルの電子密度の低い層の互層から構成されることが明らかになった。そこで、現生の昆虫のクチクラの研究を参考に、電子密度の高い層に屈折率1.73を、電子密度の低い層に屈折率1.40を適用し、特性マトリクス法という手法で可視光領域の反射率を計算した。その結果、反射率は波長400ナノメートルの紫外領域と、波長550ナノメートルの可視光領域(青〜緑色)にピークが認められ、ハムシ化石の鞘翅に認められた青色の金属光沢とよく一致した。つまり、ハムシの化石と同様、フォスフェイトコピナの殼に見られる金属光沢も多層膜反射による構造色である可能性が高い。カンブリア紀の海には光を中心とした生物の進化があったことが伺える。
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