CaSiO_3ペロヴスカイトは地球下部マントルの主要鉱物の一つであり、ほぼ理想的な立方晶構造をとることが知られている。しかしながら室温高圧下ではSiO_6八面体の剛体回転を伴って正方晶へわずかに歪んでいることが明らかとなってきた。この正方晶相は原子熱振動の非調和効果により高温下で立方晶相へ相転移すると考えられるが、マントル深部に相当する高温高圧下での相転移境界は現在のところ定まっていない。非調和効果を正しく取り入れることのできる計算手法に、第一原理分子動力学法がある。そこで本研究では、第一原理分子動力学プログラムへの温度一定アルゴリズムの実装と並列クラスターシステムの構築をおこない、マントル温度圧力条件下におけるCaSiO_3ペロヴスカイトの安定構造と弾性特性のシミュレーションを実行した。基本単位格子の2×2×1の大きさを持つスーパーセルを用いて計算を実施したところ、Γ点のみの電子状態サンプリングによる不十分な収束条件のもとでの計算では、5000Kもの高温においても正方晶構造が維持されたが、2×2×2のk点メッシュ上でサンプリングをおこない電子状態を十分に収束させれば、1000Kでも計算誤差範囲内で立方晶構造が安定化するという結果が得られた。前者は最近報告された海外のグループによる研究と一致しているが、より精密な計算ではマントル温度圧力条件全域において立方晶が安定となることが分かった。引き続き、得られた構造に対し弾性計算をおこなった結果、基本単位格子では許されないSiO_6八面体の回転緩和により、過去指摘されたような大きなせん断弾性が生じなくなることが見出された。これはCaSiO_3ペロヴスカイトがS波高速度異常の原因となるという過去の予測を覆すものである。
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