タンパク質に水和した水の平均自乗変位は225K付近で急激に増大することが知られている。これは動的転移と呼ばれ、タンパク質の機能発現に関連していると言われている。一方、水の異常性を説明する仮説として、225K付近で高密度水(HDL)/低密度水(LDL)の液-液転移が存在するという、水の第2臨界点仮説が話題となっている。本研究ではタンパク質の折り畳み問題を水の第2臨界点仮説から説明することを目的として、動的転移と液-液転移との関連性を明らかにするために、タンパク質に吸着した水と多孔性シリカガラス中に閉じ込められた水のダイナミクスを中性子散乱法により観測した。水を吸着させたβ-ラクトグロブリンの中性子スピンエコー測定はドイツのハーン・マイトナー研究所にて行った。中間散乱関数は200Kでは時間に対してほとんど減衰しないが、225Kを超えると緩和現象が観測され、本研究の系についても動的転移が起こることが見出された。また、観測スケールのサイズが大きくなると動的転移がより明瞭になり、大きな振幅をもつ原子運動が動的転移を支配していることが示された。また、フランスのラウエ・ランジュバン研究所にて水(重水)を吸着させたMCM-41(多孔性シリカガラス)の中性子非弾性散乱を370-180Kの温度範囲で測定した。細孔中に閉じ込められた水は低温でも結晶化せず、安定な過冷却状態に到達できることがわかった。そして、水の緩和時間の温度依存性は225K前後で非アレニウス型からアレニウス型に変化し、高密度水(HDL)/低密度水(LDL)の液-液転移が存在することの一つの証拠として示された。さらに多孔性シリカガラス中に閉じ込められた水は生体中の水のよいモデルとなることが明らかにされた。
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