本年度は、(1)金属-金属多重結合の再検証、(2)MX錯体の鎖間相互作用の第一原理計算、(3)スピン射影エネルギー微分法の開発と展開、の3点を行った。(1)に関しては、本研究の基本である金属イオン間の直接相互作用に関する考察を深化させるため、最も代表的なCr-Cr6重結合を、エネルギー分割法により検証した。その結果、特に3d電子を価電子に有する金属間結合は、安定な典型元素同士の化学結合生成過程の途中段階に相当する所で、結合生成がストップし、不安定な結合状態であることを明らかにした。(2)では、Niイオンを中心に持つ擬一次元ハロゲン架橋金属錯体(MX錯体)である[Ni(chxn)_2Br]Br_2の電子状態の第一原理計算を実行し、得られたエネルギーなどから、磁気的相互作用パラメータを算出した。その結果鎖間に存在する-H…Br…H-という、水素結合を介した鎖間相互作用は極めて小さいことを明らかにした。これらの計算結果は、これまで議論されていたMX錯体に於ける物性と鎖間相互作用の関係解明に寄与する物と思われる(論文投稿予定)。(3)では、これまでに開発したスピン射影構造最適化(AP-opt)法を更に発展させた。具体的には、2階微分のプログラムを作成することにより、化学反応に於ける遷移状態構造の最適化や、分子振動の計算を行えるようにした。これにより、少ない計算機コストで、平衡構造、遷移構造、分子振動数がより正確に求められるようになった。現在の所、従来の非制限計算法によるエネルギー微分からスピン混入誤差を除く実用的な方法は本手法しか無く、将来の当該分野への大きな発展が期待できる。また、これまでの業績が評価され、英国王立化学会PCCP and Faraday discussionより、第4回PCCP Prizeを頂いた。
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