直径数ナノメートルのPdナノ粒子に吸蔵された車水素の^2H NMRスピン-格子緩和時間 (T_1)を測定したところ、10K以下に、バルク試料では観測されないT_1の特異な極小が観測された。この極小が水素の状態あるいは、ナノ粒子の電子状態に関するものかなど、緩和の原因については知見が得られていない。本研究では、水素の運動状態に対して高感度である中性子散乱法によりPdナノ粒子中における水素の状態を調べることを目的とした。 得られた中性子散乱結果は試料中の有機ポリマーに含まれる水素からの散乱がほとんどであり、ナノ粒子中の水素からの散乱に関する情報をデータから直接読み取るのは困難であった。そこで、水素吸着前後の散乱強度の差のエネルギーに対するプロットを作成した。バルクの参照試料であるPd黒の差散乱強度の温度依存性をみると、温度上昇ともに散乱強度が増加した。一方、ナノ粒子試料においては、28、56Kでは変化がみられなかったが、14、7Kと温度減少するにつれて、散乱強度の増大がみられた。これは、^2H NMR測定で見られた特異な名極小はナノ粒子中の水素の状態に由来することを示している。 バルクScについては、^<1>HNMRスピン-格子緩和時間の測定の結果、100K以下の低温に周波数依存性をもつ極小の観測、また、中性子散乱の実験では、低温領域に準弾性散乱領域における散乱強度の増大が報告されている。これは、Sc中の水素についての低温領域に観測される異常な現象は金属の伝導電子に誘起された水素トンネリングであると帰属されている。水素のトンネリングはhcpやbcc骨格を有する前周期遷移金属内部で近接して存在する水素 (水素-水素間距離 : 100〜130pm) について確認されているが、通常、水素間距離が270pm程度であるfcc格子を組むPdでは観測されていない。したがって、本研究の結果はfcc金属であるPd中における水素のトンネリングを初めて観測例であると考えられる。
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