温度・圧力・磁場・光などの外場に応答する双安定分子を分子性固体へ埋め込むことで伝導性・磁性・誘電性といった固体電子物性の外場応答の実現例はこれまで報告はない。これに対し外場応答するスピンクロスオーバーイオンを分子性導体に導入することにより、ヒステリシスを伴うスピン転移により伝導性の双安定状態を作り出すことに成功し、さらに低温での光照射により磁化の光応答性も観測してきた。本研究では、分子間相互作用・結晶構造を考慮した上で外場応答パートを適切に導入することで固体電子物性を積極的に制御する方法論を誘電性へ応用することを考え、双極子を持つアニオンとして硫酸水素イオンを導入した新規鉄(III)錯体[Fe(qsal)_2](HSO_4)の合成を試みたところ、酸性条件にも拘らず鉄錯イオンが分解することなく合成できることが明らかとなった。室温での単結晶X線構造解析から[Fe(qsal)_2](HSO_4)・CH_3OHという組成で、硫酸水素イオンは二量体を形成しその構造に乱れがあることが分かった。配位結合距離と結合角からこの錯体は室温で高スピン状態であることが示唆された。磁化測定からも室温で高スピンであることが確認され、その温度依存性から160K付近で6Kの温度ヒステリシスを伴う急激なスピン転移を示し低スピンとなることが明らかとなった。また、この錯体は低温での光照射で磁化の増大が観測され光誘起準安定な高スピン状態へトラップできる。誘電率の温度変化を測定したところ、スピン転移と同じ温度領域で誘電率にヒステリシスを伴う変化が起こることがわかった。今回の結果はプロトン性アニオンを金属錯体へ導入することが可能であること示すことができ、外場応答性を持つプロトン駆動誘電金属錯体やプロトン伝導性金属錯体開発へとつながるものと考えられる。
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