本年度は、医療用金属材料の機械的性質に及ぼす窒素吸収処理の影響を調査した。汎用の医療用材料として用いられているオーステナイト系ステンレス鋼(SUS316L)の板材(厚さ:0.6mm)を、100%窒素ガス雰囲気にて1200℃で10分〜10時間保持し、窒素濃化層の厚さを種々変化させた。オーステナイト系ステンレス鋼の硬度上昇量は固溶した窒素濃度に比例することから、窒素濃化層の厚さの評価は硬度試験により実施した。試料の厚さ方向の硬度の勾配はシミュレーションで見積もられる窒素の濃度勾配とよく一致しており、理論値どおりの窒素濃化層が形成されていることを確認した。このようにして得られた各試料に対して引張試験による力学的性質の評価を行い、以下の知見を得た。(1)オーステナイト系ステンレス鋼の降伏応力は、短時間の窒素吸収処理により急激に上昇し、その後の長時間処理を施してもほとんど変化しない。(2)一方で、引張強さは窒素吸収処理の時間に伴い単調に増加し、窒素が内部まで十分に吸収された際に最大の値を示す。以上のことから、医療用の薄鋼板(厚さ0.6mm程度)では、その降伏応力は材料の表層の性質に、引張強さは材料内部の性質に依存することが示唆された。表層に濃化した固溶窒素原子により表面からの転位の放出が抑制されるため、短時間の窒素濃化処理により顕著な降伏応力の上昇を示したと考えられる。また、処理時間によらず窒素吸収処理を施すことによって、孔食に対する耐食性が大幅に改善されることも明らかとなった。
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