空間的に不均質で階層構造をもつ環境で生物が食物をどのように探索するのかは、個体の適応度や個体群動態を理解するうえで重要である。空間スケールによって異なる食物探索様式をもたらす意思決定則について、またその意思決定則が個体の適応度に及ぼす影響については、これまで明らかにされていない。そこで本研究では、主に水田で採食を行うチュウサギに注目し、採食地の質について情報の不完全な個体が食物探索時にとる意思決定則を明らかにすることを目的とした。 平成19年度には、茨城県霞ケ浦沿岸地域の水田地帯で、チュウサギが滞在する4月から7月にかけて採食中の個体追跡を行い、食物探索経路と採食行動(捕食を行った時間・場所、食物の種類・サイズ)を記録した。野外調査によって得られたチュウサギの食物探索経路は地理情報システム上で再構築した。 チュウサギ個体の食物探索様式をもたらす意思決定則を明らかにするため、採食効率とその後の移動経路の関係を解析したところ、過去1分間に捕食行動を行っている場合、また過去8分間に餌を発見できなかった場合にその後の移動速度が速くなり、過去7分間の採食効率が低い場合にその場を放棄して飛行移動を行うことが明らかになった。 先行研究では、食物探索時における動物個体の意思決定について、単一の時間スケールでの採食経験がその後の探索経路に影響を及ぼすこと、また採食経験がその後の移動速度に負の影響を与えること、が明らかにされてきた。しかし本研究は、1.異なる時間スケールの採食経験が異なる空間スケールでの意思決定に影響を及ぼしている、2.採食経験がその後の移動速度に正・負両方の影響を与えうる、という二つの新しい事実を明らかにした。これにより、動物個体の食物探索経路が従来考えられている以上に複雑な意思決定プロセスによって支配されている可能性が示唆され、更なる研究の必要性が示された。
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