本研究の最終的な目標は、生物多様性の根幹となる「種分化」が、フェロモン受容を始めとする「嗅覚コミュニケーション」で達成されている可能性を分子レベルで明らかにすることである。前年度の研究において、魚類ゲノム中に6コピー存在するV1R型嗅覚受容体遺伝子のうちV1R2のアリルがビクトリア湖産シクリッドのグループで多様化していることを明らかにしたので、本年度はこの遺伝子に着して解析を進めた。 ビクトリア湖産シクリッド1種20個体に関してV1R2の遺伝子コード領域およびその周辺配列を計5Kbp決定し、塩基多様度piのsliding window解析およびTajima's Dの算出をおこなったところ、V1R2タンパク質コード領域に加えて非コード領域も非常に多様化していることが分かった。この事はV1R2に強い平衡淘汰圧が働き、さらにその近傍領域がヒッチハイクされた形でタンパク質コード領域と同様の多様化を見せていると考えられた。またV1R2に関してアフリカ3大湖産シクリッドで分子系統樹を作成したところ、明らかな種間多型が検出され、この遺伝子に平衡淘汰圧が働いたことを強く示唆した。さらにこの多様なアリルを持つV1R2遺伝子が単一遺伝子座であること、さらには嗅上皮で発現することなどを確認し、現在は論文を作成しているところである。V1R2嗅覚受容体遺伝子にこのような強い自然選択圧が働いていることは、嗅覚コミュニケーションがシクリッドの進化の上で非常に重要な役割を果たしている強固な証拠となるだろう。
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