本申請者は行動変化に関わる神経機構において「伝達物質放出量調節に関わる細胞内分子機構」と「生理学的変化」、「行動学的変化」との関係を直接的に明らかにすることを目的とし、軟体動物という実験動物の利点を生かして生物学的階層性に沿って研究を進めた。軟体動物モノアラガイの味覚を用いた連合学習では、同学習行動の鍵となるセロトニン分泌神経細胞Cerebral Giant Cell(CGC)が同定され、CGCからのセロトニン放出量が学習および転写調節因子CREBによって調節されている。本研究ではセロトニン分泌神経細胞CGCで働くセロトニントランスポーター(SERT)の遺伝子発現および機能に着目して分子生物学的・生理学的手法を用いた解析を進めた。平成20年度は前年度に同定したモノアラガイSERTのアミノ酸配列に基づいて阻害剤を検討し、電気生理学実験を行った。その結果、哺乳類用SERT阻害剤は効果を示さず、アミノ酸配列から予測された通りドーパミントランスポーター阻害剤のマジンドルが強い阻害効果を示した。また、学習後にはCGC-唾液腺運動細胞B1間のシナプス結合が減弱した。同結果は前年度に確認したSERT遺伝子発現上昇という遺伝子レベルの変化、学習による唾液腺活動の低下という行動レベルの変化とも一致することを確かめた。さらに薬剤投与によるcAMP濃度上昇はSERT遺伝子発現を誘導せず、in vivoにおけるSERT遺伝子発現誘導は一因子のみで引き起こせないことを示した。以上のように、行動-細胞-遺伝子という生物学的階層性を通した解析により、味覚を用いた連合学習はCGC内のSERT遺伝子発現を促進し、行動変化に対応する特定シナプスのシナプス強度の減弱につながることを明らかにした。
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