研究概要 |
軟体動物門腹足綱有肺亜綱のカラマツガイ属の3種、カラマツガイSiphonaria japonica、キクノハナガイSiphonaria siriusの成体、さらに軟体動物門腹足綱前鯉亜綱のマツバガイCellana nigrolineateの成体を採集した。カラマツガイにおいては、フィールドでの卵塊の採集を行うとともに、実験室飼育下で産卵された卵塊の採集にも成功し、ベリジャー幼生まで発生を観察することができた。軟体動物有肺類の中でも、より陸上化に適応したモノアラガイも含め、各種成体の足部または内臓塊からゲノムDNAを抽出した。マウスやショウジョウバエの気管形成に関与することが知られている遺伝子、branchless (bnl,FGF family)、Sprouty(Spry)の、各種における相同遺伝子単離のため、それぞれのdegenerate primersを作成し、各種ゲノムDNAを鋳型にpolymerase chain reaction(PCR)を行った。各条件を変えながらPCRを行ったが、いずれの断片の単離にも至らなかった。しかし、各種のゲノムDNAを鋳型に、elongation factor 1a(EF1a)、転写調節因子であるengrailedに対するdegenerate primersを用いてPCRを行ったところ、すべての種において各相同遺伝子と思われる断片が得られたことから、ゲノムDNAの抽出に問題はないと思われた。また、今回、増幅を試みたEF1a断片には、マツバガイではイントロンがひとつであったが、有肺類のカラマツガイ、キクノハナガイ、モノアラガイではそれ以外にふたつイントロンが含まれていた。bnl、Spryに対するdegenerate primers設計に改善の余地があることが考えられるが、有肺類においては、前鰓類よりも2つ多いイントロンがEF1a断片領域に挿入されていた進化的変化から、単にprimersの再設計ではなく、cDNA library、ゲノムlibrary作成による直接的な配列の解読が必要である可能性がある。軟体動物を含む冠輪動物群では、これまでbnl、Spryの相同遺伝子は単離されておらず、将来的に単離され、発現パターンも解析されるならば、分子進化のみならず、遺伝子や形態の機能の進化の視点からも、動物の陸上化適応について、統一的な見解を与える重要な手掛かりを与えるだろう。
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