赤血球成熟の過程において、ヘモグロビンの合成は熱ショック、ヘム不足などのストレスに応答して調節されている。特に、脱核後の網状赤血球では、核による転写調節が不可能となり、ヘモグロビン合成は翻訳レベルで調節を受けることになる。ヘム調節キナーゼ(HIR)は、真核生物翻訳開始因子2α(elF2α)を基質とするセリン・スレオニンキナーゼであり、ミトコンドリアでのヘム生産量によりグロビンタンパク質の生産量を調節する鍵酵素である。すなわち、網状赤血球がヘム不足に陥ると、HRIは自己リン酸化によって活性化し、elF2αをリン酸化することで、グロビンタンパク質の合成を停止させる。 今年度は、HRIとヘムとの相互作用について重点的に研究を行った。まず、ヘムと結合するHisとCys残基を同定にするために、ヘム結合残基として考えられる7つのHisと6つのCys残基を変異したHRIを作製した。次に、それら変異体を用いて、紫外可視吸収、円二色性、電子スピン共鳴などによるスペクトル解析を行った。また同時に、変異体についての酵素活性測定も行った。その結果、Cys409とHis119またはHis120がヘムの軸配位子であることが証明された。Cys409はヘム制御モチーフもしくはCPモチーフと呼ばれるヘム結合配列に位置しており、ヘム制御モチーフによるヘムの結合を直接観測できたことは極めて重要である。また、ヘムによるHRIの活性調節は、単にヘムの結合によって行われるのではなく、ヘムの結合を介した蛋白質の大きな構造変化によると示唆された。以上の結果より、ヘムによるHRI活性調節を分子レベルで初めて解明できたことは、30年以上に及ぶHRIの研究において意義深い。
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