細胞が受ける環境ストレスはその実体が物理化学的刺激であるため、リガンドと受容体という従来の概念や方法論はそのまま適用できない。このような非リガンド性の刺激を細胞がどのように認識しているのかを知るために、ストレス応答MAPK経路(MAP3K-MAP2K-MAPKのカスケードで構成される)に着目し、昨年度までに光化学の手法(蛍光共鳴エネルギー移動法)を用いて、従来法に比べて飛躍的に時間空間分解能の高いMAP3Kのキナーゼ活性測定法を開発した。本年度は、この光学的MAP3K活性測定法を用いて、ストレス環境下での単一生細胞内MAP3K活性のリアルタイムイメージングを成功させた。驚いたことに、均質な培養細胞であってもDNA損傷を起こすアルキル化剤によるシグナルは細胞ごとに時間的に非常にばらついていた。さらに細胞内部のどこからストレス応答のシグナルが発生するかを解析したところ、刺激の種類によって由来が細胞膜と細胞質の2つに大別されることが明らかになった。例えば、細胞表面の増殖因子EGF受容体刺激では細胞膜からシグナルが発生するが、意外にも高浸透圧刺激の場合にも同様の部位からのシグナルが開始されていた。また、紫外線によるシグナルは従来細胞膜表面の受容体活性化に由来するという説が一般的であったが、むしろ細胞質からのシグナルが主であり、過去の知見と照らし合わせるとリボソームを阻害してシグナル発生させると考えられた。以上のようにMAP3K活性は、従来考えられていたよりも細胞レベルでは時間的にも空間的にも非常にダイナミックな変化をしていることを証明することができた(現在論文投稿中)。多様な環境変化に適応するために、細胞はうまくMAPK経路の時空間制御を行って、少ない分子で多様な細胞応答を生み出すことが示唆された。医学的には、このようなMAPK経路の時空間ダイナミクスを踏まえた薬剤開発をすすめることで、MAPKの異常を伴うがんや糖尿病、リウマチ等の治療薬の有効性をひき上げることが可能になると思われる。
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