DNA損傷により様々な遺伝子の発現が変化することが知られている。これまで転写誘導を引き起こす機構について多くの報告があるが、転写抑制をもたらす機構はほとんど知られていない。実際、DNA損傷後cyclinB1やcdk1を始め多くの細胞周期制御因子の転写が強く抑制される。この機構を明らかにするため、我々はまずDNA損傷後のヒストン修飾の変化に着目し、さまざまな修飾の中でヒストンH3-T11のリン酸化が急速に減少することを見出した。T11はChk1のリン酸化コンセンサス配列に相当し、in vitroにおいてchk1はヌクレオソーム構造中のH3-T11をリン酸化した。またClik1欠損細胞を用いた解析からChk1がH3-T11のリン酸化に必要であることが分かった。ATM/ATR阻害剤であるカフェインを用いてChk1のクロマチンからの解離を阻害すると、T11は脱リン酸化されず、cdk1やcyclinB1の転写抑制も起きない。さらに欠損細胞ではcdk1やcyclinB1の発現が低下しており、Chk1に依存したH3-T11のリン酸化の減少が、DNA損傷後の転写抑制に重要であることが示唆される。cyclhB1、cdk1のプロモーター領域におけるChIP解析から、DNA損傷後、両プロモーターにおいてChk1の結合とT11のリン酸化が減少し、これに伴いヒストンアセチル化酵素GCN5の結合とK9のアセチル化も減少した。興味深いことに立体構造解析によりT11のリン酸化は、GCN5のHAT領域との相互作用を促進する可能性を示した。これらの結果はChk1によりリン酸化されたH3-T11はGCN5との結合が上昇し、K9がアセチル化され、転写の活性化が引き起こされることを示唆する。
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