本研究の目的は、(1)霊長類の群れ内における個体の空間分布パタンをGPSを用いた同時二個体追跡を行うことによって客観的かつ量的に示すことにより、異なるタイプの社会を持つ複数の種における社会構造の量的な比較を行うこと、(2)社会構造の複雑化は、個体間の社会的場面をより多様にし、それに伴い、様々なコミュニケーション手段が進化すると考えられるため、異なる社会構造を持つ種における音声コミュニケーションの交わされ方と音声そのものに含まれる情報の量と質を検討することにある。平成20年度には離合集散型の社会を持つ野生クモザルを対象に、エクアドル・ヤスニ国立公園において2か月間の調査を行い、現地助手と共に同時二個体追跡を行った。その結果、クモザルの群れ内の個体の分布は0〜2420mにまで及び、同じパーティ内にいる個体は42m以内にいる個体と定義づけられるのに対し、それ以上離れた個体は異なる2つのパーティにいることが明らかになるなど、個体の空間分布の詳細が明らかになった。また、群れ内の個体の音声には、基本周波数帯などの音響構造に個体差が見られることが明らかになった。これらの結果をニホンザルでの先行研究と比較すると、集合性の強い群れをつくるとされているニホンザルでも季節的に個体の空間分布パタンは変化するが、一時的な2つのパーティに分かれるサブグルーピングが見られるだけであり、300mほどの比較的広い広がりをもった群れとしての活動が基本にあるのに対し、クモザルでは50mほどの小さい広がりを持った小さなパーティとしての活動が基本にあり、日常的に、1000m以上の分散が見られるというようにその違いを量的に示すことができた。これは社会構造を量的に比較する初めての研究となった。本研究で用いた方法は、全く同じ方法で他種でも利用可能であり、霊長類の多様な社会構造を理解する上で重要な手法を確立したと言える。
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