本年度は、北東アジアの冷温帯から亜寒帯に広域的に分布するチョウセンゴヨウ(Pinus koraiensis)を対象として、マツ科では母性遺伝するミトコンドリア(mtDNA)の遺伝解析を行い、大陸ではその分布域がどのように変化し、日本の集団がどのように大陸から移住してきたのかを推論することを目的として研究を行った。遺伝解析試料として、本種の分布域を広く網羅するように、ロシア3集団、中国5集団、韓国3集団、日本5集団の種子あるいは針葉を用いた。これらの試料から全DNAを抽出し、5つのmtDNA領域についてダイレクトシーケンス法により塩基配列を決定し、mtDNAハプロタイプの決定とハプロタイプ間の系統的関係の推定を行った。その結果、4つのmtDNAハプロタイプが得られた。すなわち、大陸の集団にみられるI型、西岳を除く本州・四国の集団にみられるII型、御嶽山集団の一部にみられるIII型、および西岳集団のIV型である。御嶽山集団を除いて集団内変異はみられなかった。本種が大陸部では広域的に優占分布するにも拘らず単一のハプロタイプを保持していたことから、大陸集団は単一のレフュージアから広がったことが示唆された。一方、日本国内の集団の由来については2つのシナリオが考えられた。1つは、ハプロタイプ間の系統的関係から、日本の集団が大陸からの隔離によって遺伝的に分化した後に、日本国内でさらに2つのハプロタイプが派生したというシナリオである。2つ目は、本州に複数のハプロタイプが存在すること、本州では更新世を通して大型化石遺体が多産することから、本種の分布中心はかつて本州にあり、その後一部の集団は大陸に移住し、国内では各山岳地帯への隔離・小集団化により、特定のハプロタイプに固定された集団が生じたというシナリオである。葉緑体DNAは、時間の都合上、十分な解析が行えなかったため、今後の課題となった。
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