研究概要 |
ヒグマ個体群の遺伝的空間構造の解明とその被害管理への応用を目的に,北海道東部白糠丘陵地域のヒグマ個体群を対象とし,分布中心で繁殖による新規補充が死亡を上回るsource地域として白糠町北部集団(SN)を,分布周縁で繁殖数を死亡数が上回るsink地域として浦幌町集団(UH)を設定し,両地域間の生息密度,性比,遺伝的多様性,集団間の遺伝子流動について検討した. 今年度は,昨年度までに実施した痕跡調査による生息密度および食性の比較に関する成果をまとめ,学会発表および論文執筆のための準備を進めた.生息密度は,初夏および秋にはsource地域の方が高かったが,晩夏の農業被害発生時期には減少し,逆にsink地域で痕跡密度が増加した.農業被害発生時期におけるsourceからsinkへの個体の移動という可能性が理由として考えられた.この仮説は,mtDNA多型を用いたsourceからsinkへの個体の移動実態に関する研究によって指示された.食性については,source地域では農作物の利用は見られず草本・アリ・液果を主に利用しており,一方sink地域では農作物の利用が多く,食害を通じた人間との軋轢が駆除による死亡率を高める原因となっていた. 遺伝解析については,捕獲を伴わない遺伝的試料回収(NGS),および駆除個体からの試料回収を両地域にて継続して行った.NGSによる試料の解析の効率化のための条件検討を行い,マルチプレックスPCRによる効率的な解析ができるようになった.現在,mtDNA多型を用いた両地域間の移動実態に関する論文を投稿準備中である.また,SN・UH地域を含む北海道東部のmtDNA多型による遺伝的空間構造に関する論文,マイクロサテライトを用いた両地域間の遺伝的多様性と集団間遺伝子交流に関する論文についても論文執筆準備中である. 次年度はこれらの成果の公表に力を入れ,分布周縁で継続的に発生する被害の発生原因を,個体群の遺伝的空間構造から明らかにする。
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