本研究は、近現代日本における人口移動について、(1)戦前・戦時と戦後との連関に注目しつつ、(2)「農林省ライン」に焦点をあてて考察を行うものである。本年度は、外務省外交史料館や那須文庫での資料調査をもとに、戦後における日本の移民政策に関する分析を行い、その成果は論文"Emigration Policyin Postwar Japan"として『農林業問題研究』第46巻第2号(2010年9月)に掲載された。本論文は、戦後移民政策について、(1)農林省の関与によって与えられた農業問題対策としての側面が過剰人口問題の解消後も移民政策の継続を可能にした要因となったこと、(2)戦後移民の日本への「還流」が現在の日系ブラジル移民の形態を大きく規定していることを明らかにしたものである。また繰越期間においては、外務省外交史料館および国際農業者交流協会での資料調査をもとに、1950年代から60年代にかけて行われた農業青年の短期移民である農業労務者派米事業に関する分析を論文としてまとめ、受理されている(「農業労務者派米事業の成立過程」『農業経済研究』第83巻第4号、2012年3月)。本論文は、当該事業を1950年代における農業政策・移民政策のなかではじめて位置付けたものであり、また従来単なる「なわばり争い」として片付けられてきた移民事業をめぐる省庁間対立について、一次資料に依拠して具体的な対立の論理を明らかにするものであった。これら2つの論文は、これまで日本政府を一枚岩的に捉え、外務省側の論理のみで論じてきた戦後移民政策研究に対して大きな見直しを迫るものとなっている。また戦後農業政策研究に対しても、農地政策にのみ着目し戦時農政との連続性を肯定的に評価してきた従来の見解に対して、農業移民政策の連続性という新たな論点を提起するものである。
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