神経向性ウイルスによる病原性の分子機構に関する研究の多くはウイルスの神経侵襲に関与するものである。これに対し、申請者は神経向性ウイルスの遺伝子発現調節因子が宿主の遺伝子発現を攪乱し病原性が発揮される分子機構を解明するため発生工学手法を用いて解析している。仮性狂犬病ウイルス(PRV;ブタヘルペスウイルス1型)は仔豚や家畜に激烈な神経症状を起こす神経向性ウイルスである。PRVの前初期蛋白IE180はウイルス増殖に必須な転写調節因子である。ヘルペスウイルスの前初期蛋白は自己のウイルス遺伝子の転写活性化および転写抑制のみならず他のウイルスや細胞の遺伝子発現にも影響を及ぼすことが報告されていることから、IE180が単独で何らかの病原性を発揮する可能性が予想された。我々が作製したIE180を発現するトランスジェニックマウス(TgIE180マウス)は小脳形成不全を呈し、IE180が小脳の発生に影響を与えることが示唆された。今回、このマウスにおける小脳形成不全の本態と発症メカニズムを解明するため詳細な病理組織学的解析を行ったところ、TgIE180の小脳ではプルキンエ細胞および顆粒細胞の変性・減数・異所性配列、バーグマングリアの発達異常、抑制性介在ニューロンの消失、シナプスの減数・変性が確認された。また、若齢個体では星状膠細胞だけでなく神経細胞でもIE180が強く発現しており、これら発現細胞は変性していることが明らかになった。IE180陽性細胞数は発達と共に減少することから、IE180を強発現した細胞が細胞死に陥り脱落していると推察された。神経細胞の変性・細胞死が認められる点においてTgIE180マウスとPRV感染動物の病態は類似しており、IE180の発現によりウイルス感染の病態が一部再現されることが示唆された。
|