近年、EPAやDHAなどの高度不飽和脂肪酸(PUFA)が機能性食品として注目を集めている。PUFAが欠乏すると、知能発達障害、皮膚障害、視覚障害、生殖異常、さらには免疫機能障害、心血管機能障害まで様々な病態、疾患が引き起こされる。これらの中にはプロスタグランジンなど脂質性メディエーターの欠乏、あるいはメディエーター産生系の阻害で説明できるものもあるが、脳神経系の発達、記憶・学習等については、アラキドン酸代謝物だけでは説明できず、メディエーター前駆体としての機能の他にもPUFAが重要な機能を果たしていることが予想されている。しかしながら、これまでその分子的基盤はほとんど解明されていない。本研究では、PUFAを有するモデル生物として線虫C.elegansを用い、遺伝学的手法を駆使してPUFAの関与する生命現象ならびにその分子機構を明らかにする。平成19年度における成果は以下のとおりである。 ・野生株にRNAiしても表現型が見られないが、PUFAを欠乏した変異体にRNAiすると著しい表現型が得られる遺伝子を網羅的にスクリーニングし、機能発揮にPUFAを要求すると考えられる遺伝子を複数同定した。 ・線虫をモデルとし、高度不飽和脂肪酸のリン脂質への取り込みに関わる遺伝子を網羅的RNAiにより探索した。この結果、細胞内シグナル伝達において極めて重要な役割を持つホスファチジルイノシトール(PI)に高度不飽和脂肪酸を導入する遺伝子(mboa-7)を同定した。mboa-7変異体では、LysoPIに高度不飽和脂肪酸を転移するアシルトランスフェラーゼ活性がほぼ完全に消失しており、またPIに含まれる高度不飽和脂肪酸が大きく減少していた。これまでPIの極性頭部に着目した研究は多くなされ、その重要性も広く認められているが、PIの脂肪酸分子種に関しては、これまでPIの脂肪酸鎖を規定する分子が同定されていなかったことから、その生物学的意義については不明のままであった。今後、mboa-7/LPIATの解析により、PIの脂肪酸鎖の構造がPIの関与する生命現象にどのように寄与するか、といった生体膜脂肪酸分子種の本質に初めて迫ることが可能となる。
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