本研究の目的は、メチル水銀の中枢神経系に対する特異的な毒性発現が、メチル水銀による脳微小血管系の機能障害と脳浮腫の形成による循環不全を起点として起きるという作業仮説を証明することである。そこで、細胞培養系によりヒト脳微小血管内皮細胞層に対するメチル水銀の作用を検討し、細胞傷害を示さないレベルのメチル水銀が、傷害内皮細胞層の修復をその細胞増殖を抑制することにより阻害することを明らかにした。また、傷害細胞層の修復に重要な役割を担う塩基性線維芽細胞増殖因子(FGF-2)および血管内皮増殖因子システムを構成するタンパク質群において、FGF-2の遺伝子およびタンパク質発現の低下が観察された。次に、脳微血管周皮細胞に対するメチル水銀の細胞傷害性を調べた結果、周皮細胞はメチル水銀の細胞傷害性に対して細胞密度依存的な感受性を示し、細胞密度が低い場合に高い感受性を示すことを明らかにした。一方、内皮細胞ではメチル水銀の細胞傷害性に対して細胞密度に関係なく抵抗性を示した。周皮および内皮細胞について細胞内メチル水銀蓄積量、グルタチオン量とその合成律速段階酵素γ-グルタミルシステイン合成酵素およびメタロチオネインの発現量を検討した。その結果、周皮細胞のメチル水銀への細胞密度依存的な感受性は、低密度の細胞が高い量のメチル水銀を蓄積することに起因すること、一方、内皮細胞ではメチル水銀の細胞毒性を軽減するのに必要な量のグルタチオンおよびメタロチオネインを発現しているために、メチル水銀に対して抵抗性を示すことを明らかにした。本研究結果は、メチル水銀が脳微小血管内皮細胞層の維持やその内皮細胞層の機能や血管構造の維持を担う周皮細胞の機能に対して影響を及ぼすことを示すものであり、メチル水銀の特異的な中枢神経障害の発生が脳血管機能障害を介した間接的な毒性発現の結果であるという仮説を支持するものである。
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