抗がん剤パクリタキセルは、非常に優れた抗がん作用を示すが、水への溶解度が非常に低いため、主要な投与形態である点滴用の液剤調製時において溶解補助剤の使用を余儀なくされている。さらに、使用したこれら溶解補助剤に起因する過敏症が報告され、近年ではパクリタキセルの投与前に、すべての患者に対してステロイドならびに抗ヒスタミン薬の投与が必要とされている。エマルションは水溶性の低い薬物を油滴内部に保持可能な微粒子性薬物運搬体であるため、パクリタキセルのような難水溶性薬物の溶解性を高める上で、非常に魅力的な剤形である。さらにエマルションからのパクリタキセルの放出速度を製剤技術により制御することで、その抗がん作用の持続化も可能となると考えられ、本化合物の臨床上の有用性を、製剤としての安全性とともに飛躍的に高めることができると考えられえる。 本年度はまず、エマルションの油相成分としてトリグリセリド(トリカプリリン、トリカプロイン、トリアセチン)を、サーファクタント、コ・サーファクタントとして、それぞれ卵黄レシチン、ツイーン80を選択し、常法に従い調製した。調製したエマルションの粒子径、ゼータ電位、パクリタキセルの油相中溶解度、安定性といった物理化学的特性を検討し、総合的に評価した結果、検討を加えた12種類の処方のうち、トリカプリリン:トリカプロイン=1:3のEmulsionA、トリカプロイン:トリアセチン=3:1のEmulsion D、トリカプリリン:トリアセチン=3:1のEmulsion Gを選択し、以後の評価を行った。 まず、選択した三種のエマルション製剤の生体適合性を、ラットの皮膚における血管透過性亢進作用、ラット肥満細胞からのヒスタミン遊離促進作用、および溶血活性を指標としてそれぞれ評価した。その結果、いずれのエマルションもコントロールと同程度の値を示したことから、これら三種のエマルション製剤は高い生体適合性を示すものと考えられた。次に、エマルションからのパクリタキセルの放出特性を、平衡透析法とMTTアッセイを用いて評価した。平衡透析法を用いた評価の結果、エマルションを腹水あるいは血清のいずれと共存させた場合においても、Emulsion Dからのパクリタキセルの放出が最も速いことが示された。また、MTTアッセイの結果、in vitro条件下におけるがん細胞の生存率はEmulsion Dを添加した場合が最も低いことが示され、このことはEmulsion Dからのパクリタキセルの放出が他の製剤と比較して速いことを支持するものであった。
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