本研究の目的は、心不全時のAT1受容体及び異なる受容体との相互作用から生じる細胞内情報伝達機構を活性酸素依存性の面から詳細に検討することで、心不全病態の細胞内情報伝達を治療上の意義づけを与えながら解明することにある。本年度は、ラットを用いてβアドレナリン受容体刺激(イソプロテレノール(ISO)投与)による急性心不全モデルでAT1受容体拮抗薬(ARB)の心筋MAPキナーゼシグナリング及び酸化ストレスに及ぼす影響を検討した。 ISOによるアドレナリン受容体刺激では、心筋左室MAPキナーゼのうちp38及びJNKのリン酸化体の増加反応が、ARB前処置下ではおよそ50%程度抑制された。一方、Raf/MEK/ERK系の各因子のリン酸化反応はほとんどコントロールレベルにまで抑制された。さらに心室TBARSレベルはARB前処置でほぼ正常化した。このRafキナーゼ系の抑制のメカニズムをさらに詳細に検討するために、Ras活性及びRap-1活性を測定した。ISOによって心筋Ras活性、Rap-1活性共に上昇し、ARB前処置でこのうちRas活性は有意に抑制されるが、Rap-1活性増強には影響を与えなかった。AT1受容体とβ受容体の免疫共沈降ではいずれの刺激によっても影響を受けなかった。 以上のことから、ISO処置下でのARBによるRaf/MEK/ERK系の抑制機構にAT1受容体を介したRas-Raf刺激経路の抑制とRap-1の活性化によるRafキナーゼの直接の抑制機構が考えられ、また酸化ストレスもERK系同様に制御されている。またARBの心筋MAPキナーゼシグナリングに及ぼす変化は、β受容体とAT1受容体との直接の関与が考えられ、追加実験として行ったアンジオテンシン変換酵素阻害薬の前処置では全く影響を受けなかった。
|