ホスファチジルイノシトール3リン酸(以下、PIP3)は、インスリンや増殖因子シグナルを正に制御する因子である。その脱リン酸化酵素であるPIP3ホスファターゼはこれを負に制御する分子である。本研究で、私はPIP3ホスファターゼSKIPの遺伝子ノックアウトマウスが骨格筋組織に特異的に高いインスリン応答性を示すことを明らかにした(I juin et al.M.C.B.2008)。これはPTENやSHIP2ノックアウトマウスと異なる表現型である。そのため、SKIPへテロノックアウトマウスは、高脂肪食による肥満やインスリン抵抗性の惹起に対して、顕著な抵抗性を示す。従って、SKIPは新しい糖尿病治療や予防の標的と成ることが期待される。さらに、私は、マウスC2C12細胞において、SKIP、PTEN、SHIP2によるPIP3代謝制御について検討を行った。その結果、PTENは増殖因子非依存的な細胞内PIP3調節を、一方、SKIPやSHIP2では、増殖因子依存的なPIP3脱リン酸化を行っていることが明らかになった。これは、PIP3ホスファターゼが細胞内の異なるPIP3に働きかけていること(空間的な制御の存在)、また刺激の有無により働くホスファターゼが異なること(時間的な制御の存在)を示唆している。実際に、これらのPIP3ホスファターゼは細胞内で異なる局在を示している。今後は、細胞内PIP3動態を可視化することによって、これらPIP3ホスファターゼの時空間制御を明らかにしていく計画である。
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