研究初年度である本年は分岐鎖脂肪酸のグラム陽性菌に対する抗菌用の作用機構に関する解析を行った。これまでの研究より、分岐鎖脂肪酸の作用点の一つはキャリアーリピド依存的に行われるタイコ酸合成系の阻害にあると考えられた事から、そのタイコ酸合成に関わる必須膜タンパク質TagOと分岐鎖脂肪酸の相互作用について検討した。原核生物ならびに真核生物のキャリアーリピド分子は鎖長の異なるポリイソプレノイドであり、それぞれ細菌細胞壁物質の合成と輸送、ならびにタンパク質への糖鎖付加に関わっている。過去の研究において、これらの合成に関わる膜タンパク質には13アミノ酸残基から成るキャリアーリピド認識配列(PIRS)が存在すると報告されている。そのアミノ酸配列は大腸菌ポリシアル酸合成酵素NeuEにおいてはLIILFLIFPFNFFであり、枯草菌TagOでは321〜333番目のアミノ酸配列FIIFILIIFMQIIがこれに該当すると考えられた。そこでこの配列にHis-タグを付加したペプチドを合成し、Ni-ビーズに結合させた系を用いて、各種脂肪酸との相互作用に関して検討を行ったところ、増殖阻害作用を示す分岐鎖脂肪酸がこの配列に強く結合する結果が得られた。また枯草菌培養において、このTagOPIRSペプチドを分岐鎖脂肪酸添加前に加えると、その作用を大きく低下させた。一方、他の膜タンパク質配列に対する結合性は他の脂肪酸と同程度であった事から、分岐鎖脂肪酸はPIRS特異的に強い結合性を示す事が示唆された。黄色ブドウ球菌を用いた解析からは、分岐鎖脂肪酸は膜傷害性抗菌物質同様に、細胞内からカリウムイオンを漏出させる作用を示す結果が得られた。ある鎖長の分岐鎖脂肪酸は特徴的な配列を持つ膜タンパク質への結合によるその機能阻害、ならびに膜の選択透過性傷害を引き起こす可能性が示唆された。
|