研究概要 |
腸管出血性大腸菌が保有する病原性遺伝子群LEE (locus of enterocyte effacement)の転写発現は、LEEにコードされるセントラルレギュレーターLerによって正に制御されている。Lerの発現は、同じくLEE領域内にコードされるGrlAおよびGrlRによって正および負に制御されている。これまでの研究から、GrlAはLerを介したLEEの発現制御のみならず、運動器官であるべん毛の形態形成や機能発現に関わる遺伝子の発現を負に制御することが明らかとなっている。これらの表現型は、いずれもGrlR欠損下でGrlAが脱抑制することによって起こる。我々はこのGrlR変異株をさらに解析する過程で、腸管出血性大腸菌が分泌する溶血素(エンテロヘモリシン)の活性が著しく上昇することを見出した。この表現型はLerとの二重欠損株でも同様に観察されるが、GrlAとの二重欠損株では消失することから、Lerの機能を介さずにGrlAに依存して見られる現象と考えられる。grlR欠損株ではGrlAが構成的に発現するため、Ehxの発現上昇に伴って血液寒天平板上で大きな溶血環を形成し、一方、低濃度寒天平板上で非運動性を示す。これら二つの表現型を利用して、GrlAの機能欠損変異株を自然発生的に単離した。その結果、べん毛およびEhxの発現制御能が欠損しているが、LEEの発現制御には影響のない突然変異株が複数単離可能であることが明らかとなった。さらに、大腸菌の実験室株を用いてLEE, Ehxおよびエンテロヘモリシンの発現制御について解析したところ、LEEの発現活性化のみが再現されることが判明した。以上の結果から、GrlAによるべん毛とEhx発現制御機構とLEEに対する作用機構は同じではなく、前者二つの制御には腸管出血性大腸菌に特異的な因子が存在する可能性が示唆された。
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