X連鎖重症複合免疫不全症に対するレトロウイルス遺伝子治療では、顕著な治療成績が得られた。一方、治療後、11名中2名の患者が、白血病を発症した。いずれの症例においても、治療用のMLVベクターのがん遺伝子LMO2の転写開始点近傍への挿入と、挿入変異によるLMO2の異常活性化が起こっていた。これらのことが、白血病発症の一因であると考えられている。本年度は、先述したベクター挿入変異によるLMO2の異常活性化のメカニズムを明らかにする目的で、T細胞株を用いて、LMO2の転写開始点近傍におけるMLVベクターの組み込み特性を解析した。PCRによりベクター挿入部位を決定したところ、LMO2の転写開始点から上流約2kb付近に、MLVベクターが高頻度に組み込まれる領域を見い出した。その高頻度領域における組み込み頻度は、約44000個の導入細胞当たり1個であった。さらに、別のT細胞株においても、この高頻度領域が認められたが、HeLa細胞では、認められなかった。現在、この細胞特異性について検証を進めている。この高頻度領域には、先の白血病(1例)で報告されたベクター挿入部位も含まれていた。プロモーターアッセイの結果、白血病で報告された挿入部位と我々が見出した高頻度領域の代表的な挿入部位にMLVのlong terminal repeat (LTR)を挿入すると、LMO2のプロモーター活性が有意に上昇した。これらの結果は、ベクター挿入変異を理解する上で重要である。現在、MLVベクターの組み込み指向性を制御する細胞因子の探索も進めている。他の論文で、MLVの組み込みに重要なインテグラーゼに結合する細胞因子がいくつか同定されたが、MLVベクターの組み込み指向性を説明できるものではなかった。今後、MLVベクターの組み込み特性に関して、包括的な理解が進み、安全な遺伝子治療が確立されることを期待したい。
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