【目的】 科学技術の進歩や受療者のニーズ・価値観の多様化に伴い、医学研究・医療従事者の対応はガイドラインやマニュアルだけでは対応できない複雑な問題を抱えるケースが増加している。このような中で倫理的判断を行うには、現場に出るまでの学部生や研修生(医)の期間に、系統的かつ継続的な教育が重要と考えられる。本研究では、国内医学部における「生命倫理」の卒前・卒後教育の実施状況を調査し、学習内容やカリキュラム、指導方法などについて、その問題点への対策と効果的な教育支援策について検討する。 【方法】 初年度は全国80大学医学部調査回答の分析、次年度から最終年度にかけて、医療倫理教育担当者を対象とした医療倫理教育コアコンピテンシーに関するデルファイ調査を実施し、最終的に必要なカリキュラムおよびコンピテンシーを抽出した。 【結果】 本研究で得られた医療倫理教育コンピテンシーについて分類・整理し、研究協力者を中心とするワーキンググループによる検討、臨床倫理教育担当者と意見交換を経た結果、以下のような結果となった。「教育目的」項目は(1)人間とその価値観の多様性に対する認識を持たせる、(2)基本的知識を提供する、(3)判断する力・考える力(態度)を持つ、(4)患者中心の医療・全人的医療を実現する、(5)プロフェッショナリズムと社会性を涵養する、とした。「教育効果」としては、(1)基本的な知識を修得する、(2)人間とその価値観の多様性に対する認識を持つ、(3)患者中心の医療・全人的医療をする、(4)医療における倫理の位置付けをする、(5)判断する力・考える力(態度)を持つ、とした。また、カリキュラムに導入することがふさわしい具体的目的はとして、低学年では(1)生命・医療倫理に関係する具体的な事例に興味を持つことから始める、(2)人の多様性を知る、(3)一般的な倫理原則・総論を学ぶ、であり、高学年では、(1)倫理問題について考えを深め、患者・医師関係、危機管理、コミュニケーションについて理解し、適切な医療が行えるようにする、(2)具体的な臨床事例について倫理的考察(臨床倫理)を行う、(3)臨床実習に入ってからの実際の医療現場で医療人がどう行動すべきかを考えさせる、とした。さらに「医師の職業倫理」としては、(1)患者の権利、医師の義務、人権を理解する、(2)社会的使命、医師の社会的立場を認識させる、(3)歴史を知らせる、とし、具体的な教育については"患者体験をする"こと等があげられた。 【考察】 本研究結果から、医学部における現状の医療倫理教育では人的リソースが限られているが、低学年では講義形式のみでなくグループワークや視覚教材、ケース演習等の臨場感のある場面設定により"具体的事例に興味を持つ"ことから始め、医療倫理の素養を身につけること。高学年では実際に臨床現場で遭遇する可能性の高い症例を適宜導入することで、倫理問題について考えを深め、患者・医師関係、危機管理、コミュニケーションについて理解し、適切な医療が行えるよう実践力を磨くことが重要とされた。本研究結果を踏まえたコンピテンシー評価導入が可能と考えられた。 【結論】 今後は臨床場面での医療倫理教育(臨床倫理)導入について検討し、指導者育成や卒後の生涯教育も含めた長期的対策支援が必要である。 研究協力者: 浅井篤(熊本大学大学院医学薬学研究部生命倫理学分野教授) 板井考壱郎(宮崎医科大学医学部社会医学講座生命・医療倫理学分野准教授)
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