本研究は、「不全心には微小循環障害による虚血障害が存在し、防御的に作動するhypoxia hlducible factor-1α、2α(HIF-1α、2α)などの内因性保護の破綻が心筋細胞死を惹起する」という仮説のもとに企画した。この仮説の根拠として、不全心では心筋細胞が虚血にさらされ易い条件下にあること、HIF-1αの下流にあるエリスロポエチン(EPO)等が血管新生や心筋保護効果を介して細胞壊死抑制に働く可能性があげられる。しかし、梗塞後リモデリングがより高度であるSHR-SPの心筋梗塞後においても正常対照群に比べてHIF-1αの遺伝子発現量に差がないことが示された。一方、冠動脈閉塞再灌流による梗塞サイズはSHR-SPにおいて正常対照群に比して大きく、正常対照群で確認されたEPOの梗塞サイズ縮小効果が、SHR-SPにおいて損失していた。又、細胞壊死の主要な機序であるミトコンドリア透過性遷移孔(mPTP)の開口を促進するCyclophilin D(CyP-D)とAdenine nucleotide translocase(ANT)の結合が、SHR-SPにおいて虚血再灌流後に増加していること、又、EPOが、下流の情報伝達系に異常がないにもかかわらず、この結合を軽減しないことを確認した。さらに、SHR-SPでは虚血再灌流後のミトコンドリア蛋白のカルボニル化が増加しており、フリーラジカル除去薬によりCyP-DとANTの結合増加が正常対照群と同程度まで軽減した。肥大心には、虚血に対する易障害性があり、mPTPの開口閾値低下がその機序であると考えられる。肥大心におけるミトコンドリアの酸化ストレス亢進によるmPTPの開口閾値低下が細胞死を惹起し、不全心への進展に関係している可能性が示唆された、肥大心の虚血耐性に対するHIF-1αの直接的な影響については現在検討中である。
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