研究概要 |
アルツハイマー病(ア病)は最も頻度の高い神経変性疾患であり、認知症の最大の原因となっている(Mattson, Nature2004)。ア病の病理学的特徴である老人斑、そしてその主成分であるβアミロイド(Aβ)はア病病態の中心と考えられ、Aβ産生・代謝を制御する治療薬開発が試みられてきた。我々のグループは、ア病患者において特に萎縮の程度が弱い後頭葉よりア病関連神経細胞死を制御する24アミノ酸からなる因子、ヒューマニン(Humanin, HN)を同定した。HNおよびその誘導体であるコリベリン(Colivelin, CLN)の神経保護作用を検討したところ、in vitroおよびin vivoにおいて細胞内のJAK2/STAT3経路を活性化することによりア病関連神経細胞死を抑制することが判明した(Chiba et.al., J Neurosci 2005 : Yamada et.al., Neuropsychopharmacology 2008)。 STAT3はもともとサイトカインによって活性化されるシグナル伝達分子として同定された転写因子の一つである。発生、細胞増殖・生存などに重要な機能を担うことが知られているが、これまでに認知・記憶機能に関与するという報告はなかった。STAT3の不活性化がア病発症に関与するかを、ア病患者脳および複数のア病モデルマウス脳を用いて検討した。この結果、(1)年齢依存的に海馬神経細胞におけるSTAT3が不活性化されること、(2)ア病では年齢調整対照群に比較してSTAT3不活性化が著明であることを見いだした。さらに、Aβをマウス脳室内に投与することにより同様のSTAT3不活性化が観察され、またア病モデルマウスに対して抗Aβ抗体を投与して脳内のAβを除去することでSTAT3の活性が回復することから、AβがSTAT3不活性化の一因を担っていることが示唆された。
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