人体に低毒性でありながら神経芽腫(NB)に対する抗腫瘍活性を有するレチノイン酸(RA)は、多くのNBに対して分化を誘導するが、一部ではアポトーシスを誘導して強い腫瘍抑制効果を示す。我々は2006年に以下の事を報告した : (1) RAによるアポトーシスは、抗アポトーシス蛋白Bcl-2が少ない一部のNBで誘導され、Bcl-2が高発現のNBでは神経分化が誘導される。(2) Bcl-2阻害剤HA14-1を併用するとBcl-2高発現の場合でもアポトーシスが誘導される。つまりBcl-2は、多くのNBが持つ、アポトーシス反応に対するブレーキの役割を持つと言える。 昨年度よりNB細胞におけるRA投与後の細胞内シグナル伝達経路の分析を行い、RAによるアポトーシスや分化の誘導の機序を解析してきた。RA処理した4つのNB細胞株(アポトーシスする2株と分化する2株)の蛋白を用いたウエスタン法による解析では、PI3K-Akt経路が分化する細胞株のみで強く活性化されていた。ここでRAにより分化する細胞株内でPI3K-Akt経路のリン酸化阻害剤を用いてシグナルを抑制する実験を行ったところ、神経突起伸長反応の減少ならびに神経分化マーカーであるGAP43蛋白の発現低下が観察され、RAによる分化誘導作用が減弱している事が確認された。この事からNB細胞におけるRAの分化誘導作用には、PI3K-Akt経路の活性化が重要である事が見出された。またこの際、PI3K-Akt経路活性化が始まる始点の候補として様々なチロシンキナーゼ受容体(RTK)遺伝子の発現を半定量RT-PCR法で検討したところ、RAにより分化する細胞株において、分化に先行してTRK-B遺伝子の発現が誘導されている事が明らかとなった。TRK-Bは神経細胞特異的なRTKであり、その高発現はNBにおいて予後不良因子として確立している遺伝子である。本研究によってTRK-B遺伝子の発現誘導がRAによるNB細胞への様々な作用、特に分化誘導反応に関与する可能性が示された。TRK-Bは膜表面に存在する受容体分子であり、今後、分子標的療法のターゲットとしても魅力的である。
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