アレルゲンの体内への侵入や過剰な体水分の蒸散を抑制し、ホメオスタシスの維持に不可欠な皮膚バリア機能のメカニズム解明を目指して研究を行っている。このような研究は、アトピー性皮膚炎に代表される様々な皮膚疾患研究や経皮吸収性の医薬品の開発分野に新しいアイデアをもたらす可能性があり、X線や電子線構造解析により分子レベルでその機構を明らかにすることは重要な課題である。そこで、我々は皮膚角層に化学物質を作用させたときの構造変化を観測する溶液環境制御セルによる手法(試料容器に皮膚角層試料を収め、試料が動かないように保ちながら目的の溶液を注入し、試料の周りを溶液で満たし、溶液中の化学物質が試料中に浸透し、その結果生ずる皮膚角層のX線回折像の時間変化を高分解能で観測するというもの)を開発したが、まず医薬品や化粧品の最も基本的な基剤となりうる水に着目し、水が角層構造に与える影響を観察した。当手法を様々な薬剤に展開する上で基礎データの蓄積は重要であり、水との相互作用を解析することは不可欠である。 溶液環境制御セルに角層を固定し、蒸留水をセル内に注入して連続的にX線回折像を取得したところ、回折パターンに微小な変化が確認された。この微小な変化は、個体差や部位差による変化よりも小さいものであったが、溶液環境制御セルを用いることにより、従来は判別不可能であった変化を捉えることができた。具体的には、溶液環境制御セル内でサンプルを固定して部位差の問題を解決し、また水の作用により変化した回折像から作用する前の回折像を引算して強度差に着目することによって、回折像の微妙な変化を検出することができた。 この結果は、当手法を用いることによって、現在市場に出回っている様々な医薬品や化粧品、或いは皮膚に付着することが予想されるその他の液体が皮膚に及ぼす影響を定量的に解析できる可能性を示している。
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