皮膚角層の最も重要な役割として、アレルゲンなどの体内への侵入や体内から過剰な水分が蒸散することを抑制する、いわゆる皮膚バリアとしての機能が挙げられる。医薬品や化粧品の開発分野において、分子レベルでその機構を明らかにすることは非常に重要な課題であるが、個体差や部位差の問題があり、微細な構造変化を解析することは難しい。そこで今回これらの問題を解決するため、皮膚角層(1mg程度)を微小領域に固定しつつ、サンプルの外部溶液環境を変化させることができる"溶液環境制御セル"を独自に開発し、さらにSPring-8(BL-40B2)の高輝度な放射光を用いることにより、様々な溶液に暴露した時の角層の細胞間脂質の挙動をリアルタイムで解析することを試みた。外部溶液環境に水やグリセロール水溶液を選択すると、皮膚角層細胞間脂質ラメラ構造の膨潤現象や散乱バックグランドの変化が観測され、それらは角層の含有水分量に依存して変化することが分かった。またクロロホルム : メタノール(2 : 1)溶液を添加すると系統的な細胞間脂質の溶出が観測され、その時定数は30min程度であることが分かった。バックグランドの変化は主に水やグリセロール水溶液が角質細胞に浸透し、ケラチンと結合することで生じると考えられた。今回開発した溶液セルを用いることで、溶液暴露の前後で皮膚の同一領域にX線を照射することが可能となり、またX線回折プロファイルを溶液暴露の前後で引算して分析することで、溶液の作用により生じる微細な構造変化を捉えることができた。当手法を用いることにより、様々な物質と皮膚角層の相互作用が明らかになり、より経皮浸透性の高い製剤や、より皮膚刺激性の少ない洗剤などの開発分野に貴重なデータを提供できると考えている。
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